九州大学大学院工学研究院附属環境工学研究教育センターは、環境DNAサンプルの「採水」の体験を通し、環境DNA調査の手法の確認や技術の向上を図ることを目的に、2023年12月2日(土)に第6回環境DNA学会九州大会との共催で『海岸・池・河川での採水インストラクションツアー』を開催しました。
「環境DNA調査」とは、生物を捕獲採取せず、採水だけで高速に多様な生物の生息が確認できる技術です。
本インストラクションツアーでは、主に環境DNA学会員を対象に、採水箇所の選定、道具の選定、効率的なろ過作業、コンタミネーションの回避、サンプル保存や運搬に至るまでの適正な手順の確認を行うとともに、多様な自然環境に恵まれている九州大学の地の利を活かし、砂浜海岸、ため池、河川を巡り、各々の条件下にあった調査手法の工夫について議論しました。
ツアーには、九州大学うみつなぎが海洋教育の連携を深めてきた三池工業高校の科学探究同好会も参加し、最前線で活躍する研究者からも若手の参入に注目が集まりました。
このイベントは、次世代へ豊かで美しい海を引き継ぐために、海を介して人と人とがつながる“日本財団「海と日本プロジェクト」”の一環です。
イベント概要
開催概要
環境DNAサンプルの「採水」の実際を学ぶバスツアー。学会員の技術の向上や今後の技術発展を目指して、ノウハウ、注意点などを実地で議論し学ぶ。採水箇所の選定、道具の選定、効率的なろ過作業、コンタミネーションの回避、サンプル保存や運搬を実際に行う。九州大学が立地する多様な自然が残されている博多湾岸や糸島半島の海岸、池、河川で様々な条件下での採水を実践、現地で手法の工夫について議論する。
日程
2023年12月2日(土)9時〜17時
開催場所
福岡市西区今津・糸島市瑞梅寺川流域
主催
一般社団法人環境DNA学会(https://ednasociety.org/)
共催
九州大学うみつなぎ(https://umitsunagi.jp/)
講師
清野聡子(九州大学工学研究院・准教授)
大井和之(一般財団法人九州環境管理協会・自然環境課主任研究員)
鵜木陽子(九州大学工学研究院附属環境工学研究教育センター・学術研究員)
参加者
高校生4名・大人15名(合計19名)
実施レポート
【フィールドワーク】採水エクスカーション
従来の生態調査では、網や罠を使って生き物を捕獲する必要がありましたが、環境DNA調査はバケツ一杯の水から魚類をはじめ、どのような生き物がその水域に生息しているか調べることが可能です。更には多地点で一斉に調査をすることによって、その時期の生物分布や資源量を把握することが可能だと考えられています。
環境DNAの技術を広めるためには調査手法の標準化が必要でした。九州大学では、環境DNA学会のマニュアル化に参加し、動画教材の作成や公表も行ってきました。しかし様々な水域の実地での採水を見てみたい、体験したいとの需要がかねてよりありました。
今回のエクスカーションでは、海・ため池・河川を巡り、フィールドの特徴に合わせた調査方法についての意見交換を行いつつ、コンタミネーションの回避についての考え方など、環境DNAのサンプリング作業の正しい手順をひとつひとつ丁寧に確認しながらツアーを行いました。ライフジャケットやヘルメットの着用など安全管理も学びました。
環境DNA学会の標準化マニュアル策定に参加してきた九州大学大学院工学研究院の清野聡子准教授からの趣旨説明のもと、同附属環境工学研究教育センターでバイオ技術を活かして海洋教育に取り組む鵜木陽子学術研究員から器機や用具の扱いなど細かい点を現地で伝えました。
環境DNAの専門家の九州環境管理協会の大井和之氏にも、企画、講義、採水指導と多大なるご協力をいただきました。
参加者は、環境DNA学会会員のほか、九州大学うみつなぎも共催している翌日の環境DNA学会九州大会公開シンポジウムのパネリストでフード・ジャーナリストの佐々木ひろこ氏、世界的な環境経済の専門家の原口真氏、福岡県立三池工業高校の教諭や生徒の皆さま、などの多世代の多様な方々が参加されました。
参加者によってはバケツで水を汲むだけでも非日常な経験なようで、気を付けていてもあわや長靴が浸かりそうな玄界灘の荒波に驚きたじろぐ場面では思わず戸惑いの笑いがこぼれました。
最新の調査手法であるが故に、道具ひとつにつにしても既製品がないため、別な用途で作られた道具を流用したり、手作りの道具が登場したりと草分け的な創意工夫が垣間見られ、最前線で調査をする研究者にとっても新たな発見が得られた様子でした。
調査水域の選定の着眼点は、ひとつの流域の多様な水辺を体験するため、瑞梅寺川住水系の福岡市西区の環境モニタリング地点の長浜海岸、地域住民が管理してきた汽水の調整池の三角池、水辺に親しみやすい河川公園としました。また、生態系と人の暮らしの観点も導入しました。瑞梅寺川流域には、クロツラヘラサギの営巣地、弥生時代の遺跡や魏志倭人伝に描かれた世界が今もなお残っており、自然資源の持続的利用のためにも、この環境DNA技術の意義を考えることが出来ました。
地域に根差した教育施設として福岡市西区今津公民館、糸島市伊都国歴史博物館には大変お世話になりました。関係者の皆様に心よりお礼申し上げます。
【振り返り】環境DNAによる調査のポテンシャル
フィールドワーク終了後は、伊都国歴史博物館の会議室をお借りし、九州大学工学研究院の清野聡子(九州大学うみつなぎ統括プロデューサー)より、環境DNAのサンプリング地点を選出した経緯や、福岡そのものが都市と自然環境が隣接する恵まれた生活環境にあることが紹介されました。
参加者は皆、環境DNAによる生物相調査への関心が高く、コンタミネーションを防ぐことなどの配慮をしつつも、誰もができるように簡素化し、市民調査へと広げていく為の課題など、活発な意見交換が見られました。
ご参加下さいましたフードジャーナリストの佐々木ひろこ氏からは、現在の漁業資源の把握は漁獲高でしか計ることができていないが、環境DNAでの調査が発展していけば市場にあがらない未利用魚も含めた生息数を把握することができるのではないかと期待を寄せる声をいただきました。
参加した高校生・大人からの声
【高校生】
・採水するときに遠くまでバケツを投げるのに苦労した。
・ろ過をするときに水が濁っているとシリンジを押す力が必要で苦労した。
・川の流心と外側とで採取されるDNAに違いがあるか気になった。
・参加していた専門の先生方がたくさん質問をしてくれたので細かいところまでわかることができた。
・調査をしている人それぞれに独自の工夫をしていることを知れて勉強になった。
【大人】
・「環境DNA」という言葉は知っていたが、実際に体験しなければわからないことだらけでした。
・フィールドによって採水方法やろ過方法に工夫が必要であることがよく理解できた。
・自作の道具やノウハウを教えてもらえて良かった。
・書面や動画で見るよりも格段にわかりやすかった。
・ため池や砂浜など、今まで経験のない場所で採水できた。
・現場での工夫や意見交換ができて大変有益な時間だった。
・各研究者の創意工夫など、普段知りうることが難しい情報を聞くことができた。
・日本で初めての環境DNAの技術的なエクスカーションだったと思うが大変良かった。
・これからどんな研究をしていくかとても参考になりました。
・It was good that I could see a lot of experimental tools.
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